春すぎて

春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山

日本人ならこの歌ぐらいは知っている。持統天皇の歌だということも知っている。そしてこれが万葉集の「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天の香具山」からきているということも知っているのだろう。万葉集のほうがいい、勝手に変えるなよ、なんて文句を言ういう人もいるらしい。だれど私は、小倉百人一首のほうが好きだ。藤原定家は偉いと思う。

そんなことはさておき、春が過ぎて衣替えの季節がやってきた。つい先日のことだが、冬の着物を干して押し入れにしまった。代わりに夏の半袖のシャツなどを出してきた。白い衣ではなくても、半袖のシャツもやはり干しておくものだろう。夏が来たのだから。

私の毎日はそんなこととは関係なく同じように過ぎている。時間が過ぎるのは早い。まさに「夏来にけらし」の気分だ。何も変わらないようでちょっとづつ変わっている。今日もまたノートの前のページを開いては書き直すなんてことを繰り返していた。藤原定家の毎日もこうであったかもしれない。だけど私の場合は、屏風の落書きが増えているだけなのだ。

春すぎて” への3件のフィードバック

  1. 昔のノートをめくってみると、時間の経つのを忘れて読みふけってしまいます。

    今はもうなんのことやらさっぱりの記号の羅列も、一生懸命写して訳した外国語の文章も、難しい社会の出来事も、なんだかとても愛おしい。

    今年もまた、夏来にけらし。

  2. もう一人の裕也さんではないですか!
    こちらに来た時はいつでも電話してくださいね。
    昔のノートというのも自分の分身なんですね、そんな昔の自分自身を見せつけられたようで強烈に恥ずかしく赤面することがあります。
    そんな未熟な自分をまた見せつけられるとも知らず、またきょうも書き残せることがあるというのも、実は結構なことなのかもしれません。
    なにはともあれ、友との再会と、健やかな毎日に、乾杯!

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